2012年8月26日日曜日

メリディエムの物語


 どうしても欲しかった魔術の触媒がオーラムにしか売ってない事を知ったアタシは、この際このままオーラムに引っ越しちゃおうかな、なんて事を考えながら馬車を走らせていた。

「お嬢様、もうすぐオーラム国境でございます」

 馬車の手綱を握る執事のヤマモトの言葉を聞き、座席のカーテンを引いて外を覗き見る。
 国境付近と言えどもまだ荒野が広がる土地で、特に見るべき物もない。再び座席に背を預けようとした時、何かが見えた。
 というより、アタシの”魔術的な直感”が何かを告げた。

「ヤマモト、止めて」

 馬を嘶かせながら停車する馬車。座席から降りて、何かが見えたところへ向かって歩こうとすると、ヤマモトが手を額に当てて遠くを見るようにしながら言う。

「おや、誰か倒れているようですねぇ」

 言いながら日傘を広げ、アタシに影を作りながらついてくる。相変わらず抜け目のない優秀な執事ね。
 倒れていた人のもとまでたどり着くと、それが完全に生命を失った亡骸である事はわかった。なんでこんなものに興味を惹かれたのかしら。
 自分の直感を信じたくて、何かないか、簡易的な探知の魔法を使って周囲を探ってみると、興味深い事がわかった。

「あら、こいつの魂はまだ消えていないわね。地縛霊ってやつかしら」

 言いながらその魂の質──即ち、霊質と呼ばれるもの──に触れたアタシは、自分の直感がやはり間違っておらず、しかもとびきり優秀である事を再確認した。

「……”王の資質”だわ!」

 アタシの言葉に、ヤマモトがわかったようなわからないような笑顔を見せる。多分このお爺さんは単純にアタシが喜んでいる事だけを察したのだろう。

「ヤマモト! 魔具一式持ってきて!」

「既に此処に」

 用意周到すぎるというか、さっきまでそのトランクケースは持っていなかったはずだったのに、なぜか既にヤマモトはアタシの魔具一式セットをここに用意していた。
 まぁ、この執事が優秀すぎる事については、もう今更何も驚く事はないけど。

「完全蘇生魔術、準備するわよ。あ、それと、刻印術もね!」

──

「あれ、俺なんで生きてるんすか」

 生き返った男の第一声はそれだった。随分と自身の置かれた状況に対して傍観的だ。普通は完全に死んだ後の蘇生って、結構混乱するものなのだけれど。

「アタシが生き返らせたのよ」

「はぁ。そりゃどうもっす」

「もっと感謝なさい」

 アタシの言葉を聞いてるのか聞いてないのか、男は立ち上がって自分の身体をあちこち確認し始めた。当然怪我も治したし、血も足りているはず。アタシの魔法技術に驚くがいいわ。

「なんで生き返らせたんすか?」

 再びへたり込んで、男はアタシを見上げて力なく聞いてきた。
 なんでって。そこかよ。まぁいいわ。説明してあげないと、行き倒れを見かけたら放っておけない親切な人みたいに思われちゃうものね。それはゴメンだわ。

「アンタには、”王の資質”があるの。いずれ世界を掌握する素質がね。そういう霊質を生まれもってきた人間なのよ」

 男はアホっぽい顔をしながら「はぁ?」とアホっぽい声を出した。まるでアホだわ。でも王の資質があるのは間違いない。魂の質、イノチのカタチ、人生という物語の粗筋……そういった物を"観る"研究をしてきたアタシが間違えるわけがない。

「まぁ~、よくわかんないっすけど……俺は別に世界を征服とか、そんな気は……」

「あ、ごめんアンタの気持ちとか考えてないから。これからアンタは否応なしに王になるため力を磨いていくのよ。他ならぬアタシのためにね」

「嫌です」

「そう。まぁ一度わからせてあげたほうがいいわね」

 男の率直すぎる言動に器の大きい事で定評のあるこのアタシも流石にちょっとイラッと来てしまったけれど、これは言わば"心地よい怒り"。怒りがあるほどお仕置きのし甲斐があるもの。

 古代言語の短縮詠唱の後、魔力を喉と舌に集中させて、言霊を練る。

「──我が名において命ずる──『立て』!」

 座り込んでいた男はそれを聞いた途端にシャキッと音がしそうな勢いで立ち上がり、直立不動になる。

「『自分の右頬を殴れ』!」

 男の顔に浮かんでいた驚きの表情は、自らの右拳によって直後に歪んだ。頬にめり込んだ拳がそのまま振りぬかれると、男は器用にも回転しながら地面に倒れ伏した。
 ああ、ちょっとスカッとしたわ。

「な、な、な、なんなんすか! これは!」

 起き上がりながら涙目で問いかける男の姿にアタシの嗜虐心が満たされたのは言うまでもない。

「蘇生する時にアンタの魂にアタシの印を刻んだわ。アンタはアタシの命令には逆らえないの」

「ひどくないっすかソレ!」

 普通すぎる男の抗議には耳を貸さず、自己紹介を始める。

「アタシはメリディエム。ご主人様って呼ぶ事を許すわ。アンタ名前は?」

「……サイファ……」

「そう。サイファ、アンタはこれから王になるためにこの国で力を磨くのよ。そしてゆくゆくはアタシが世界に君臨する裏女帝! というわけ。いいわね?」

 ゆっくり立ち上がりながら「何が、というわけ。だよ……」「いいわね。ってなんだよ……」などとぶつくさ言うサイファ。減点1ね。
 前髪をいじりつつ、大きなため息をつく。減点2。
 減点が10点貯まったらまたお仕置する事にしよう。わくわくする。

「はぁ~……なんかおかしなのに捕まっちまったぁ……。俺の物語は、終わったはずなのに」

「馬鹿ね。アンタの物語はこれから始まるのよ!」

 本当にいい拾い物ができた。これからは暇しないで済みそう。
 ヤマモトが微笑んでる。アタシが喜んでいる事を察したのだろう。

──

(プロローグ 完)

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